桜の名所考

 全国には桜の名所といわれるところが多々ありますが、ここでは吉野山と弘前と高遠をもって三大名所としました。しかし、この三者は同じ名所といってもそれぞれ趣を異にしています。

高遠
高遠城址の桜

 まず、高遠の桜は城址一帯が小彼岸桜一色なのが特長ですが、ここの小彼岸桜は普通の小彼岸桜と違って花がやや大きく、 色もやや濃いピンク色なので「タカトオコヒガン」と呼ばれています。花の盛りには 城跡中が溢れるばかりの花々で桜色に染まり、その様は「優美」の一語に尽きます。

弘前
弘前公園の桜

 一方、弘前公園には約65種、5000本の桜が植えられており、寿命が短いソメイヨシノもここでは樹齢120年を越えているといわれます。そのソメイヨシノの枝が垂れて濠の水の面に映え、城壁内ではエドヒガンのしだれや 紅八重しだれなどが咲き乱れて城一面を彩り、まことに「華麗」というにふさわしいものです。

吉野
吉野山の桜

 これらに対し、吉野山の桜は役の行者の時代から神木とされてきた山桜が主体で、その後信者の献木によって全山に広がってきたものです。山桜は地味な桜ですが、密生していると赤芽、茶芽、黄芽など の鮮やかな新芽と白や淡紅色の花びらとのコントラストが絶妙で「幽雅」という表現がぴったりのようです。


 またこの三名所の桜は桜を見る位置や距離を異にするように思います。 吉野山の桜は「遠景」がよく、弘前の桜は「中景」、高遠の桜は「近景」がよいようです。

吉野
花矢倉からの眺め

 吉野山は遠くから眺める千本桜の景色が格別で、まことに天下の「絶景」の評価に値します。吉水神社からの「一目千本」の眺めはつとに 有名ですが、中千本の五郎兵衛茶屋から見た四方の眺めや上千本の花矢倉から全山を見下ろす眺めも最高です。

弘前2
弘前公園のしだれ桜

 弘前城では華やかに美を競うしだれ桜の数々を一本一本、間合いをおいて観賞したいものです。またライトアップされる夜桜が格別で、 特にソメイヨシノの枝が濠の水面間際まで垂れ下がり、これがライトに照らされて水面に映える様は幻想的で、その美しさに魅了されます。

高遠2
高遠の小彼岸桜

 これに対し、高遠では桜の木の下から満天の花を見上げるのが特によいようです。最近は花の見ごろには大変な混雑でゆっくりできる場所も ありませんが、できるだけ人通りの少ないところを探して茣蓙の上に寝ころび、下から桜を眺めてみましょう。 西行法師の歌の心に通ずるものを感ずると思います。

願はくば花のもとにて春死なん
その如月(きさらぎ)望月(もちづき)のころ

 しかし、西行法師の頃(約八百年前)はコヒガン桜もソメイヨシノもまだなく、その頃の歌に読まれた桜は山桜でした。

奥千本
奥の千本

 吉野山の最奥に史跡「義経のかくれ塔」のある金峰神社がありますが、そこからさらに一山越えたところに 一群の山桜があります。「奥の千本」といわれ、西行はここに俗塵を避けて三年の間幽居しました。今でも小さな庵が残っており、 昔の面影を止めています。

 この「西行庵」の傍らに佇んで重畳たる山々を背に咲く色鮮やかな山桜を眺めていると、漂泊の歌人西行が達した枯淡の境地を 少しだけ体感できるような気がします。

吉野山こずゑの花を見し日より
心は身にもそはずなりにき

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